あれっ、こんなところに湖がある!?
ツーソンからチリカウアへ向かう途中、インターステートI10沿いに大きな湖があるのに気付きました。
窓の外を見ると、うん、確かに!
少し遠くに広大な湖があって、太陽の光を受けて白くキラキラ輝いています。
砂漠に湖があるなんて…このルートはもう何度も通っているのに、こんなに大きな湖にどうして今まで気づかなかったのかしら?
不思議な気持ちでいっぱいになり、帰りに寄ってみることにしました。
水面を走る列車
その日の夕方、チリカウアでのハイキングを終え、湖を目指してI10からUS-Highway 191に入りました。
時刻は日没数分前。
雲のまったくない空が、黄昏色の柔らかい光を放っています。
車を少し走らせると、左手に湖が見えてきました。Dos Cabezas Mountainsの山脈を背景にとても良いかんじです。
あぁ、湖のビーチを歩いて水辺まで行ってみたい!
かなり湖に近づいたポイントで車を路肩にとめ、早速外に出てみました。
すると、実際に見た湖はとにかく広く、路肩から水辺までは相当な距離がありそう。歩くのはちょっと厳しいかな…残念!
この先にもっと近くに行けるポイントがあるかもしれないから、車でもっと走ってみようかと思った瞬間、
空気がわずかに震えるようなノイズが、遥か彼方から聞こえてきました。
発信源は南西の方向です。
靄(もや)の彼方に目を凝らすと、
何か小さな白い箱のようなものが連なって湖の方に向かって動いているようでした。
何だろう…。
白い箱のようなものはたくさんつながっていて、その終わりはぼんやりとした靄の中に消えているのでどこまで続いているのかわかりません。
すると、そのときです。
かなり遠くで汽笛の音が聞こえました。
はっ!
白い箱のようなものは貨物列車だったのです。
それもアメリカでよく見かけるタイプの、何車両つながっているのかわからないような、長い長い列車です。
列車はついに湖にさしかかり、なんと、白く光る湖の水面を浮かぶように滑らかに走り出しました。
そしてそのまま湖を横切り、靄のかかった北東の方向へ吸い込まれるように消えていきました。
え…?
今の何だったんだろう…。
突然現れて消えた幻想的な光景に、わたしは列車が消えていった方向を見つめたまましばらく立ち尽くしていました。
一体どんな線路が湖を横切っているのかしら?
近くまで行ってみようと車を走らせると、湖に降りていく未舗装のダートロードを発見しました。この道を行けば線路の近くまで行けそう!
でも、そのダートロードは凹凸の差が酷く、その日乗っていたセダンで進むのは不可能な状態でした。それに加えて、陽が落ちてだいぶ暗くなってきていたので、ダートロードをUターンしてツーソンに帰りました。
水はどこ?
それから2週間ほどが過ぎた日曜日、もう一度湖に遊びに行ってみることにしました。
I10を降りて、前回湖を見た地点とは反対側のダートロードに入りました。
道路には「未舗装・未管理の道路なので自己責任で使用すること」という黄色い標識が出ています。
しばらく車を走らせると、ついに件の線路にぶつかりました。
でも、肝心の水はありません。
線路まわりにも水があった形跡はナシ。
線路はピカピカで、空の青が反射しています。
車を降りて周りを見渡しても、ただひたすら荒野が続くだけ。
あれ?おかしいな…?
水はどこなのかしら?
車に戻ってさらにその先へ進んでいくと、どんどん道が悪くなってきました。
その一方で、相変わらず水は皆無。
湖どころか、一滴の水さえ出現する気配すらありません。
そのままさらに進むと、道路の凹凸が激しすぎてわたしの小さなSUVでは進めないポイントまで来てしまいました。
車を降りてみると、地面は湿ってはいないけれど泥のようで柔らかく、干からびて亀裂が入っています。
ところどころ表面に白い粉が吹いているように見える箇所があったので、もしかしたら塩だったのかもしれません。
この湖のあるコーチス・カウンティ(Cochise County)は鉱山地帯ですので、わたしが何気なく「ターコイズ落ちてないかな?」と声に出してつぶやくと…、
なんと、その瞬間ターコイズが見つかりました!^^
黒い石もゴロゴロしていました。
黒曜石かと思って手に取ってみると、どうやら溶岩のようでした。
夢から醒める
みなさんはもうお気づきだと思います。
はい、元々湖に水はなかったのです…。
線路沿いに小高い丘があったので上ってみると、線路の向こう側に大きな湖が広がっていて、小さな山々が湖に浮かぶ島さながらに見えました。
でも、そこに行ってみてもやはり湖はありません。
わたしが追いかけていた湖は蜃気楼だったのです(笑)。
列車は神秘的な水面を走っていたのではなく、干からびて亀裂の入った大地の上に人間が作ったピカピカの線路にのって、普通に走り抜けていただけだったのです。
映画やテレビで、砂漠を旅する一行が、喉が渇いてつらいときに湖を発見して、がんばってそこに向かって歩いても一向にたどりつけないシーンを見たことがありませんか?
わたしが体験したのは、まさにそんなシーンだったのですね。
まぁ、砂漠地帯のアリゾナだからできた経験といえばそうなのかもしれません^^
アリゾナ州最大のドライレイク
この湖、ウィルコックス・プラヤ(Willcox Playa)といいます。
プラヤには「ビーチ」の意味もありますが、「ドライレイク」つまり乾いた湖のことを指します。
ウィルコックス・プラヤはアリゾナ州最大のドライレイクで、更新世(こうしんせい-約258万年前から約1万年前)に発生したコーチス湖(Lake Cochise)が干上がって湖底が露出したエリアです。
このウィルコックス・プラヤの地層からは花粉化石が豊富に確認されていて、National Natural Landmarksに指定されています。
また、バードウォッチャーの間ではカナダヅル(sandhill crane)の大群などが見られる地域としても有名です。
ドライレイクの南の観測エリア(Apache Station Wildlife Viewing Area)まわりには少し水がある箇所があり、そこで憩う野鳥たちを観察できます。
毎年1月にはWings Over Willcoxというバードウォッチングのフェスティバルも開催されています。
湖底を車で走るにはオフロード車でないと進行可能な範囲が限られます。今回はSUVで途中までOKでした。セダンではかなり厳しいのでおすすめしません。
というか、そもそもこの湖底には特段何もないので、あなたが何もないのを面白がれるタイプならともかく、あまりムリしなくてもいいかな、というのが正直な感想です。
ただし…、もしかしたら、モンスーンの季節などに広い範囲でうっすら水が貯まるのであれば、空と雲が反映する美しい写真を撮ることができるのかもしれませんけど…、どうなんでしょうね。
世界のドライレイク
ドライレイクは世界中にたくさんあります。
中でも有名なのが、ボリビアのウユニ塩源(Salar de Uyuni)。
わずかに冠水して水分が蒸発するまでの間、上の写真のような「天空の鏡」となることで人気の観光スポットです。
わたしが住むアメリカにも、「動く石」で有名なカリフォルニアのデス・バレー国立公園(Death Valley National Park)内のレーストラック・プラヤ(Racetrack Playa)など数多くのドライレイクがあります。
おわりに
いかがでしたか?
靄に包まれた湖の水面をスーッと滑るように走り抜けていく長い長い列車。
実際に湖に水はなかったと知った今でも、あの幻想的な光景はわたしの脳裏にしっかりと焼き付いて、思い出すたびに何とも言えない不思議な気持ちになります。